徳から責任
↓9月29日のこと いわきでリサーチと、演奏会広報のために新聞社巡り。演奏会→ https://iwaki-alios.jp/cd/app/?C=event&H=default&D=03811 リサーチではまたまた江尻さんにお世話になって、四倉の海でビッショビショになったりしました。でも海あたたかかった!気持ちよかったな。 夜ご飯は平の鳳翔へ。噂の麻婆豆腐、美味しかったです。江尻さんと、この演奏会を通じて考えていたことをずっと対話。 昨年の岩手県宮古市での「おしゃべりマリンバコンサート」からずっと「徳」について考えていて、今年の2月くらいまでは色々読んでた。論語とかプラトンのメノンとか、ニコマコス倫理学とか(今振り返ると笑える)。「徳」以外の団体運営の方法はないのか?という危機感から。それから、いわき演奏会に向き合ううちに、いつの間にか「徳」から「責任」へ、考えの中心が変わっていた。5〜6月はずっと思考の通行止め状態が続いて、辛かったけど、蛭子召喚でどうにか突破した。このブログの始めの方で書いた気がするけど、8月に、2025年の野木青依ver.「責任をとる、とはどういうことか」が言語化できた。責任は、今とれるものと、遅れてやってくるものがある。ある1つの事柄の「責任」でも、最低でも2回以上は責任をとらなければいけない。しかも2回め以降はいつ責任がやってくるか分からない。責任は常に不意打ちだ!で、責任をとるというのは、あなたを迎えて私が生まれるということ。自分の選択を認めて、自分の生き方や考え方を変えることだ。マゾすぎっか?「自由」はどうした!って感じかしら。笑 ま、全てメリハリなんでないすか。(適当に終了)